ベントレーはル・マン24時間レースの初回である1923年から参戦し、1924年に初優勝、1927年から1930年には4連勝を達成する
強豪チームであったが、1931年にロールスロイスに買収されレース活動が封印された。
しかし1998年にフォルクスワーゲンがベントレーを買収。収益に課題のあったベントレーは、スポーツに短期集中投資して
ブランドイメージを高める方針が打ち出され、再びレース活動が一時的に解禁された。
そして2001年から2003年までに総合優勝を目指す「ル・マン参戦3ヵ年計画」が立ち上がった。
車名は1929年、1930年のラッジウィットワークス杯24時間耐久グランプリに優勝した6気筒エンジンの「ベントレー・スピード6」に倣い、8気筒エンジンであることに由来する。
正式名称は2001年型が「ベントレー・Expスピード8 (Bentley Exp Speed 8)」
スピード8は2001~2003年のル・マンで唯一のLM GTP車両 (クローズドカー) であった。
LMP 900車両 (オープンカー) に比べ、タイヤ最大幅が狭く持続距離が短くはあるが、より大きなリストリクターが使える点を重視したためである。
活動期に入る直前の2000年10月にレギュレーションが変更され、LM GTP車両はモノコックの足場を拡大しなければならず
ハンディキャップを負うことになったが、それ以前に車両が完成していたため特例としてそのまま参戦が認められた。
ところが2002年のレギュレーションでタイヤが小型化されたため、その年は細いタイヤが不利に働いてしまった。
2002年までタイヤは同じ英国のダンロップだったが、2003年からミシュランを履いた。この変更でスネッタートンでも数秒のゲインがあったという。
この変更に合わせて2003年仕様はほぼ完全新設計となっており、足回りのジオメトリや空力(天井のエアインテークが無くなり、
サイドに沿うようにダクトを通した)、トランスミッションなどが刷新された。
トランスミッションはエックストラック製で横置きにされている。
エンジンは2001年型はアウディR8と同じ3.6リットルV型8気筒ツインターボだが、リストリクターが1mm大きいため出力はR8のそれを上回る。
2002年以降はエンジンを独自のものに変更、排気量は4.0リットルに拡大された。2003年型にはさらにテレメータが装着され、
ピットからマシンがサーキット上のどこを走っているか常時確認できるようになった。
また側面競技番号は夜間灯火と連動して文字が光るようになっている。
空力性能が追求され、240km/hを超えた時点で発生するダウンフォース量は車重を上回るのは驚愕である。
高速域なればなる程、強大なダウンフォースで車体が安定するので外からみている以上に室内は快適である。
ただし少しでも旋回させればそには強大なGが発生する。更に車体下面に横から一定以上の空気が入ってしまうと
車重以上の強大なダウンフォースで押さえつけていたものが一気に抜ける事になるので非常に危険である。
フロア下の流速が早く、面積も大きい分、そこに横から一定以上の空気が入った時のバランスの崩れ方もより激しくなる。
具体的に言えば車体が空を舞う事となる。
これがハイダウンフォースのプロトタイプレーシングカーの怖さであり運転の難しさ、一番気をつかう部分である。